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2007.01.23 (Tue)

近況と”商品としてのギャルゲーのあり方”について

ひとまず、ここ数日のお話。

○センター前

センター前最後の講座も終わり、帰宅前にふらっとアニメイトへ立ち寄る。

マジキューのVol.34を発見。

DSCF0055.jpg

ささきむつみスペシャルギャラリー”と書いてあるのを見て即購入。
KID解散して間もないこの時期にささきむつみ!!!!!
もうマジキュー編集スタッフのセンスに脱帽。

付録買い以外で雑誌を買ったのも珍しい。
まぁ、見た感じでは”ささきむつみ×みけおう 両面イラスト下敷き”がなんかよさそうと思ったけど・・。

DSCF0057.jpg

カレンダーのクオリティがたけぇwwwwwwww今年はこれ使うわwwww

マジキュー良い仕事するなぁ
エンターブレインにお金があるからなのか、
宣伝広告もかなり少ないし
(あってもギャラリーや文章を挟んで何らかで読者を惹きつけるモノがあったり)
メディア商法な作品やその絵師に媚びてないところもかなり良い。

アクエリアンエイジメモリーズのページが、
空中幼彩のギャラリーなのもかなりツボった。イイとこ突いてるよ。

ただ一つ、マジキューに載ってる絵師の冬コミ情報があるところが不満だ。
こういうのを見ると、”同人”であることの意味とか意義とか必要性とか色々考えたくなる。
職業の性格上、趣味がそのまま仕事なのは理解できる。
ただ、同人でしかできないことをやろうとしない人がちょっとずつ増えてきている気がする。
まぁ、決してプロの同人参戦を否定したいわけじゃない。

同人が(オタク的であるなしに関わらない)ある作品に対する愛情表現の一種であるのはそうだ。
だがその他にも同人で”売るための本”を作る人間も存在する。
個人的に、売るための本を否定はしない。
そういう本を作る人は、どうすれば売れるのかを意識無意識にかかわらず研究している。そんな風に自分には写っているから。

実力があれば売れる。

たしかにそうだろう。だが、世の中全ての人間に実力があるわけではない。
実力の足りなさはニーズの研究によって補えることもある。
将来や、リアルタイムで作家の仕事がしたい人にとっては
売るための研究も必ず何かの足しになるだろう。

話を戻すと、結局言いたいのは
プロで売れてる人間は、同人で売ることに専念するな。
ということ。
マジキューで連載してるんだ、それだけで十分実力が認められてる。
なら同人で出るなら遊べ!!趣味に走れ!!
コミケ情報なんかは、間違っても商業誌で宣伝するようなものではない。

・・・今度もう少し考えがまとまったら書こう。


○センター1日目

千代田線根津駅で降りるも、普通に迷う。坂長すぎだろ!おい!
苦手科目オンパレードなので意気消沈して帰宅。

帰宅時に、下の妹から合格なんとかって書いてあるチョコを貰った。
やべぇお兄ちゃん嬉しくて泣いちゃうかも。

○センター2日目

たぶん使わないけど、一応理科3つ受ける。あと知り合いがいることが発覚。
前日に貰ったチョコは試験前に美味しく食べました。やべぇ染みる。
昼食は弁当ながら箸を忘れたのでコンビニで割り箸20個入り100円で購入。
数学と理科はそこそこの手応えで良かった。
同室に知り合いを発見し、最後に安田講堂を見た。

なんか、安田講堂の通り見たら

うはwwwwwwwwwwwこれなんてラブひなwwwwwwwwwwwww

と叫びたくなった。猛烈に。

池袋で同日だった知り合いと別れ、某asigh氏とつけ麺食って軽く飲んで帰宅。

帰宅してすぐに、ラブひなを東大合格するとこまで読破。
むつみ萌えなオレはもしかしたら少数派かもしれない。

○今日
河合のセンターリサーチを出して
帰宅する前に色々大宮オタコースを回る。

ゲーマーズで、フリーマガジンのA-STATIONを見て思わず手に取ってしまった↓

DSCF0060.jpg
(裏表紙)

なんだこれwwwwwwwwこのクオリティやばいwwwwwwwwww

それでペラっとめくると

DSCF0062.jpg

おいおいおいwwwwwwwwwwwwwwwwwww
これホントにタダでいいのかよwwwwwwwwwww驚愕wwwwwwwwww

solaは久弥×七尾で煽ってるが、どうなんだろう。
売り方には確かに新しさがある。

ちょっと話がそれる&印象だけでモノを言うけれども、
作品を売る時代じゃなくなってきたのかなぁと最近よく思う。

心に残る作品というのを考えたときに何が思い浮かぶかというとやはり

もっとこの世界観に浸っていたい

という感情が強く残る。
「あのシナリオは感動した」とか「あのキャラは激萌えだった」
という感想もたしかにある。あるが、それだけではだめだ。
そのレベルは、多くのクリエイターが達せる域である。

本当に好きな作品というものは、作品全体の世界観そのものに心底惚れてしまっているものなのだ。
例えば、ある萌えゲーに強烈な感動を覚えたとしよう。(あくまで例え
シナリオのエピローグを見た時どう思うか。
実はシナリオの終わりというのはわりと空虚な感じなのではないだろうか?
幼なじみと結ばれ完結したシナリオ。
まぁそれも素晴らしいシナリオだったりすれば感動もひとしおだと思うが
それはそれで”終わり”なのだ。

その作品をプレイしたあなたは、
本当はその幼なじみシナリオよりも
幼なじみをはじめとして妹や転校生や後輩などと過ごす、
そのなんてことのない”状況”に魅力を感じているのではないか?

同じ作品2周目をやろうとして、
専用ルートに入った途端にやる気が削がれてしまう。
そんな経験はないだろうか。
シスプリで言えば、咲耶と結ばれた状況よりも12人の妹から慕われている状況の方が美味なのではないかという話。
だが、シナリオそのものが素晴らしいものでないならばその作品に魅力はない。

我々はギャルゲーというジャンルが確立してから、ずっとこのジレンマと闘い続けてきたのである。

作品が行き着く先に”世界”がある。かつてはそうだった。いや、今でもまだこの考えは根強い。
ここ最近になって、我々の一部はこのジレンマに一つの決着をつけた。
それは、希薄な(もしくは架空の)作品上から”世界”を切り取ってしまうということであった。
solaが良い例なので挙げるが、これもその”決着”から生まれたもので、世界観そのものを売り物にしている。世界観先行型だ。

作品あっての世界観、世界観ありきの作品。似て非なる2つの作品が存在している。
この2つの温度差が最近のゲームに対して古参ユーザーが感じる違和感の正体なのかもしれない。


次に、もっと自分がよく語れるメディアミックス展開においてこの考えを適用しよう。

過去のメディア展開も今のメディア展開も結局のところ世界観を売り物にしている。
では昔と今、メディア展開として何か違う点はあるのか。
それは、核(コア)の売り出し方である。

世界観そのものを売るという概念がクリエイターになかった時代は、作品という概念しかないために必然的に作品にのみ力が入っている。作品はもちろん初出のモノであるから、それはコアである。コアが”作品”に塗り固められて強固なものになってしまっているために、メディア展開は世界観の延命的な要素しか持てないし、持たない。
(例えば、アニメが独自路線に行くと原作ファンからの大ブーイングを受けるといった類もここら辺が関係していると思われる)

最近ではそれとはまた違った意味づけになっている。
それは上記にもあるが、世界観そのものを売ってしまうというやり口によるものだ。
そもそもメディアミックスとは、世界観を売ることで成り立っている。
一定の世界観さえ存在すれば、それを核(コア)として様々に展開できるのである。
コアは薄くぼやけていてもよく、延命的であったメディア展開そのものがコアを形作るある種の”作品”なのである。

これは必然的な流れなのかもしれない。
なぜなら、前者では満たされない欲求、つまり半永久的に世界観に浸りたいという欲求を後者は満たしうるのだ。当然の結果と言える。

ただ、私が指摘したいのはあまりに売ることに突出した機能を備えている後者にはユーザーの意志が希薄であるという点だ。

前者はひとつの作品が全てであって、それをプレイヤーが強烈な印象として受け取り、ユーザーの意志によって(FDやメディアへの)展開が生まれる。
それに比べ後者のユーザーは受け身だ。提供されるモノを消化していき、それを昇華することによって全体像を捉えるのである。

後者として成功するためには、ある程度売れる算段がなければ動けないが、固定ファンを最初から獲得していて商業展開にも持ち込みやすいのはやはり絵師だろう。有名絵師起用による固定ファン層によって、2つめ3つめと企画が決まっていく。

後者は、ユーザーの望む半永久的な世界観を提供可能にし、商業展開の速さや世界観の可能性の大きさなどがメリットではあるが、どうしても強い印象として残らない。

私はまだ前者が良いと思っている人種だ。
作品ありきの世界観だと思っている。
それはもちろん、自分の好きなゲームにおいて同じテキストを何周もせずに同じ世界観の作品をプレイし続けられたらそれほど幸せなことはないだろう。
だが、作品が強烈であるからこそ私は世界観の虜になる。

ゲーム作品が世界観を構成する上でどういう位置を占めるのが好みか。
後者が蔓延ったこのご時世、困ったことに新規のライトユーザーはこの選択権すら与えられていない。
後者では即席の利益を挙げることはたしかにできるだろう。
だがそれはユーザーは育たないことに気づくべきだ。
コアなオタクを作り上げるのは並大抵のことではできない。

メーカーよ、ユーザーを育てろ。
それがこの業界全体が生き残っていくために必ず利益になるから。


で、なんでこんな話になったのかわからなくなったので終。
自分で読み返してないから整合性とかないかも。

ただそのとき思ったことをダラダラ書いてるだけの日記なんかを見てくれてる
そんな物好きは、たぶん今これを見てるあなただけです。どうもありがとう。
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02:10  |  未分類  |  TB(0)  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

■これはご丁寧に

どういたしましてw
drasill |  2007.01.23(火) 03:42 |  URL |  【コメント編集】

■こちらこそ

どういたしましてww
a-sigh-of-relief |  2007.01.23(火) 10:52 |  URL |  【コメント編集】

■「だけ」と言いつつ何気に少なくないww

どういたしましてwww
nagiiro |  2007.01.23(火) 21:06 |  URL |  【コメント編集】

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