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2007.09.05 (Wed)

メモオフ2ndに見る青年期の恋愛について

明日からバイトです。

今日は朝9時ぐらいに起きて、今日提出する予定だったレポートを全く書いていないことに気づきレポート開始。
12時半ごろ終了。
1時に池袋はどうみても不可能です。2時に池袋へ。
draとSOLとasighにバイトの案内を渡して、そっからカラオケ。
とりあえず、サンホラとJAMを入れた気がします。


昨日メモオフ2をプレイしていると、
主人公とほたるの恋愛は青年期の恋愛なんだなぁ と感じる場面が多かったので
ちょっと二人の恋愛について思考実験。実験というより頭の体操のような。


まず、ゲーム初期の段階でのキャラクターを整理します。

主人公:伊波健
浜咲学園3年。元サッカー部部員(既に引退)。親の長期転勤による引っ越しを拒否し、この街と学校に残った。白河ほたると交際中。ほたるがコンクールで優勝すればパリに留学するという事実は知らない。

白河ほたる
浜咲学園3年。幼少からピアノを習っており、パリ留学が決まるコンクールを控え特訓中。去年のクリスマスから健と交際中。


まず、私自身が心理学を研究しているわけではないため
私が多分に影響を受けた、日本青年心理学会の理事の一人である大野久氏の”アイデンティティのための恋愛””親密性の発達”の考えに基づき、健とほたるの恋愛を分析してみようと思う。

アイデンティティのための恋愛とは、
・相手からの賞賛・賛美を求めたい(好きだと言って欲しい
・相手からの評価が気になる(私のことをどう思うと言う
・呑み込まれる不安を感じる
・相手の挙動に目が離せなくなる(自分のことを嫌いになったのではないかと感じる
などの特徴が顕著で、結果として交際が長続きしないことが多い。
なぜ交際が長続きしないかという話題については、目的から外れるので省略する。

また親密性を、暫定的な定義として”相手を思いやり配慮する心”としておこう。

このゲームでは、ほたるの他に5名ほどの子と結ばれるENDがある。
もちろんほたると結ばれるENDもあるわけだが、健とほたるの仲に一度は亀裂が生じてしまうのだ。

では何故、健とほたるにすれ違いが生じてしまうのか。
私は彼らの付き合い方は、決してアイデンティティのための恋愛なんかではなかったと思う。
彼らは決して上記のような状態にはなかった。

ここではアイデンティティ・ステイタス理論も交えながら語りたい。
(アイデンティティ・ステイタス理論とは、Marcia,J.E.によって立てられた青年期の状態を類型化したものである。Marciaは、4つのステイタスに分類した。
Achievement:自分の意思で生き方、職業、価値観などを選択し、選択に対して責任を持っている人間。
Moratorium:積極的関与する対象を模索中である人間。
Foreclosure:親や年長者などの価値観を、吟味することなく無批判に受け入れて迷わない人間。
Diffusion:人生について責任を持った主体的な選択ができずに途方に暮れている状態の人間。)


健はサッカー部を引退してから、積極的に関与するものが見つからず途方に暮れていた。そして彼はほたるをある種憧れの目で見ていたのだと私は思う。
ほたるは、ピアノという積極的に関与するモノを見いだしているし
現状の自分と比べて、彼女を尊敬し、また同時に負い目を感じていたのだと思う。

ここで考えてみたい。健はこのときほたるのことを少しでも考えていただろうか。私にはそうは思えない。
健は、彼自身のアイデンティティの問題に夢中なのだ。彼は、学校の夏期講習に出るようになり、バイトも始める。それまではDiffusionであった彼は、ようやく積極的に関与するものを見つけようとする段階、Moratoriumなったと言える。
だがここで彼は勘違いをしている。彼はほたるをAchievementだと思っている。
しかし、実際ほたるはForeclosureと考える方が自然である。
今まで親の言うとおりピアノを弾いていたのだから。
これが不幸の始まりかもしれない。


また序盤で、健は2次予選を前にしてデートによく誘いにくるほたるを快く思っていない描写がこれでもかというほど出てくる。上記の事を考えれば想像に難くない。健にとってまず問題なのは自分のアイデンティティであり、ほたるは後回しなのだ。なので、コンクールがあるということを口実に、ほたるへの配慮に使う力を少しでもアイデンティティの問題に注力したいと無意識に思っているのだと私は思う。

逆に、なぜほたるは健をデートに誘いに来るのか。それは、彼女が自分がForeclosureだと気づいたと同時にMoratoriumになったからという理由と、ピアノと比べても健との仲を重視したいと考えている心があるという理由だと思う。


健は、自分のアイデンティティへの関心が強く、相手への十分な配慮ができていない。(ほたるがデートに誘いに来ても、「でもコンクールがあるだろう」と言えてしまう)
ほたるは、自分のアイデンティティの問題をある程度棚上げにして相手への配慮をしている。(コンクールは自分にとって大事だが、健との仲もそれと同じくらい大事だ)
なので、この時点で互いの関心の度合いを比較すると、ほたるが健により配慮しているように感じられる。


結局はここなのである。親密性の発達の個人差によって亀裂が生じてしまっているのだ。
大野氏は性差と呼んでいる。おおざっぱな例えではあるが精神の力を10とすると
男は、アイデンティティの問題に9の力を注ぎ、相手に1の力を注ぐ。
女は、アイデンティティの問題も相手も同じ5ずつ力を注ぐ。
しかし、男はアイデンティティの問題が解決したとき、
アイデンティティの問題に注ぐ力は1となり、相手に注ぐ力は9となる。
例えば、自分と同年代の男が1しか力を入れないのに対して10歳年上の男は9の力を注いでくれるために10歳年上の男性が魅力的に見えたりする。(自分と同年代の男もアイデンティティの問題を解決すれば、親密性の発達は著しいのだがそれを意識することがない)


この親密性の発達の個人差を乗り越えるためには、
アイデンティティに関心が高い側(健)は、アイデンティティの課題をクリアする。つまりアイデンティティが統合の方向へ向かうこと。
親密性が先に発達している側(ほたる)は、相手が自分の問題を解決するのをせかさず待つこと。
が必要である。

ところが健はアイデンティティの問題を解決する方向に向かうのではなく、彼女を突き放つことによって問題の解決を先送りにしようとしてしまう。
物語の終盤では、健はこれに気づき、アイデンティティの問題を解決するに至らずとも、解決の方向が見えてくることによって彼女への配慮が可能となり、ハッピーエンド。
彼らは、恋的な関係から愛的な関係へと一歩踏み出したのだ。


つまり、この物語は健のアイデンティティの問題で全てを語れるのである。
ほたるは、親密性の個人差を乗り切ろうとしていた。こう考えるとほたるがとても良い人間のように見えてくる。


今度これを書く機会があったら
健が、ほたるの親友である巴と3回目会っただけでキスに至ってしまう心理を考えたい。

駄文失礼。
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